AI時代に学ぶソクラテス的思考法の重要性
こんにちは。最近、哲学に興味を持ち始めた哲太です。「それって言う必要がありますか?」が口癖のくせ者です。
今回は、前回の続きになります。
【参考】
「無知の知」は誤解? 今こそ学びたいソクラテスの真意
さて、皆さんは、「子どもの頃、『もう大人だもん、全部わかってる!』と思っていたのに、大人になってみたら『まだまだわからないことだらけ』と気づいた」――そんな経験をお持ちではないでしょうか?
実は、この「わからないことに気づく」という体験こそ、古代ギリシャの哲学者ソクラテスが伝えたかった大切なメッセージなのです。
前回のまとめ

私たちは前回、ソクラテスという人物について見てきました。
彼は街の人々と対話を重ね、「自分は本当に物事を理解しているのか」を問いかけ続けました。
その姿勢は、最後に死刑判決を受けても変わることはありませんでした。
「無知の知」と「不知の自覚」

私たちが陥りやすい「わかったつもり」の罠
「無知の知」という言葉を聞いたことがある方も多いかもしれません。
学校の教科書にも載っているこの言葉、実は大きな誤解だったのです。
具体的な例で考えてみましょう。
スマートフォンを使っている私たち。
毎日当たり前のように使っていますが、「スマートフォンの中で情報がどのように処理されているか」を説明できる人は少ないのではないでしょうか?
でも、多くの人は「スマートフォンなんて、使えれば十分でしょ」と考えます。
これは、自分が「知らない」ということすら意識していない状態です。
一方、エンジニアは「スマートフォンの仕組みは日々進化していて、完全に理解するのは難しい」と考えます。
これが「不知の自覚」なのです。
現代では、ChatGPTに質問すれば何でも答えてくれる時代です。
でも、その答えが本当に正しいのかを判断するには、まず「自分にはわからないことがたくさんある」と認識することが大切なのです。
このように、「知らないことを知らない」と素直に認めることから、本当の学びが始まります。
それこそが、ソクラテスが本当に伝えたかった「不知の自覚」だといわれています。
なぜ「無知の知」は間違いなのか?
東京大学の納富信留教授は、「無知の知」という考え方には大きな問題があると指摘しています。
なぜでしょうか?
たとえば、「私は料理が全然できないことを知っています」という状況を考えてみましょう。
これは「無知の知」の例として使われることがありますが、よく考えてみると変です。
なぜなら、「自分は料理ができない」ということを知っているなら、それはすでに「知識」の一つなのです。
つまり「無知の知」という言葉には、論理的な矛盾が含まれているのです。
「知らないことを知っている」というのは、「四角い丸」というような矛盾した表現なのです。
「不知の自覚」が持つ本当の意味
では、ソクラテスが言いたかった「不知の自覚」とは、どういうことなのでしょうか?
想像してみてください。
あなたが新しい趣味として、ピアノを始めることにしました。
最初は「ドレミくらいなら簡単でしょ」と思っていたのに、実際に習い始めてみると、指の動かし方、楽譜の読み方、リズムの取り方など、考えなければならないことが山のようにあることに気づきます。
この「えっ、こんなに奥が深いの?」という気づきこそが、「不知の自覚」なのです。
そして、この気づきがあるからこそ、「もっと練習しよう」「先生に質問しよう」という学びが始まるのです。
この違いは、現代社会でも重要な意味を持っています。
たとえば、SNSで様々な情報が飛び交う中、「これって本当に正しいのかな?」と立ち止まって考えられる人と、「ネットに書いてあるんだから正しいでしょ」と鵜呑みにしてしまう人では、その後の行動が大きく変わってきます。
現代における「不知の自覚」の意義

ピクサーに見る「不知の自覚」の実践
「不知の自覚」は、現代の成功している組織でも重要な役割を果たしています。
その典型的な例が、「トイ・ストーリー」や「インサイド・ヘッド」などの名作アニメーションで知られるピクサー社なんだそうです。
実は、ピクサーの映画は、最初のバージョンはいつも「駄作」なんだとか。
なのに、なぜ最終的には世界中で愛される作品になるのでしょうか?
その秘密は「プレイン・トラスト・ミーティング」という特別な会議にあります。
数ヶ月ごとに関係者が集まり、作った映画のシーンを見ながら、率直な意見を出し合うのです。
たとえば、こんなやり取りが行われます。
スタッフA:「このシーン、主人公の感情が伝わってこないと思います」
監督:「そうですね。どうすれば良くなると思いますか?」
スタッフB:「背景の色を暗めにして、もっと寂しい雰囲気を出してみては?」
このとき、重要なルールが3つあります。
1つ目は「建設的な意見を述べること」。「このシーンはダメだ」とは言わず、「こうすれば良くなるかも」という提案をします。
2つ目は「強制しないこと」。最終的な決定権は監督にあります。
3つ目は「共感を持つこと」。目的は作品を良くすることであって、誰かの失敗を責めることではありません。
【参考】
なぜピクサーの会議には想像力があるのか(PRESIDENT Online)
「不知の自覚」がもたらす組織の強さ
このような会議ができるのは、監督を含めた全員が「自分たちにはまだ改善の余地がある」という「不知の自覚」を持っているからです。
もし「自分は完璧だ」と思い込んでいたら、このような建設的な対話は生まれません。
組織行動学者のエイミー・C・エドモンドソンは、このような環境を「心理的安全性が高い組織」と呼んでいるそうです。
つまり、誰もが安心して「分からないこと」や「改善点」を言える組織のことです。
【参考】
『恐れのない組織』の「解説」を公開します。(英治出版オンライン)
テクノロジー時代における「不知の自覚」の重要性
現代では、人類はかつてないほど大きな力を手に入れています。
遺伝子編集技術のCRISPR-Cas9は、生命の設計図を書き換えることを可能にしました。
ChatGPTのような生成AIは、人間の思考に近い能力を見せ始めています。
でも、ここで立ち止まって考えてみましょう。
スマートフォンが普及し始めた頃、私たちは「これで人々のコミュニケーションがもっと豊かになる」と信じていました。
たしかにその面もありますが、同時に「SNS依存」や「情報過多によるストレス」という新しい問題も生まれました。
つまり、テクノロジーが進歩すればするほど、私たちは「予期せぬ結果」に直面するのです。それは、人間が完璧ではないからです。
西洋学問の源流に見る謙虚さの重要性
20世紀の哲学者ホワイトヘッドは「西洋哲学は、プラトンの脚注である」という有名な言葉を残しました。
これは、現代の学問のルーツが、ソクラテスとその弟子プラトンにまで遡ることを示しています。
たとえば、現代の科学の基本的な姿勢を考えてみましょう。
研究者は「この実験で何が起こるか」を完全には予測できません。
だからこそ、仮説を立て、実験を行い、結果を観察し、また新しい仮説を立てる……というサイクルを繰り返すのです。
これは、まさにソクラテスが示した「不知の自覚」の現代版と言えます。
「わからないことがある」と認識するからこそ、新しい発見が生まれるのです。
AIとのつき合い方から学ぶ
現代では、検索エンジンやAIに質問すれば、すぐに答えが返ってきます。
でも、その便利さの中に落とし穴も潜んでいます。
たとえば、あるレシピサイトで「玉ねぎは必ず縦切りにする」と書かれていたとします。
でも、なぜ縦切りなのか?
横切りではダメなのか?
そういった疑問を持たずに情報を鵜呑みにしてしまうと、本当の料理の理解には近づけません。
「不知の自覚」が導く新しい発見
ネット上には、「インフルエンサー」と呼ばれる影響力の強い人々が発信する情報が溢れています。
その中には、十分な検証なしに広められている情報も少なくありません。
たとえば、「〇〇を食べると痩せる」という情報を見かけたとき、どう対応しますか?
「有名人が言っているから間違いない」と信じてしまうでしょうか?
それとも「なぜそれで痩せるのか、科学的な根拠はあるのか」と立ち止まって考えるでしょうか?
「不知の自覚」を持つ人は、必ず立ち止まって考えます。
そして、その過程で思いがけない発見をすることもあるのです。
まとめ ~未来を切り開く「不知の自覚」~

私たちは今、人類がかつて経験したことのない時代を生きています。
AIは日々進化し、遺伝子技術は生命の神秘に迫ろうとしています。
でも、この途方もない力を手にした今だからこそ、より一層の謙虚さが必要なのではないでしょうか。
ソクラテスが2400年前に示した「不知の自覚」という考え方は、実は現代において、さらに重要性を増しているのかもしれません。
たとえば、子育ての場面を考えてみましょう。
「子どものために」と思ってとった行動が、実は逆効果だったと気づくことはありませんか?
そんなとき、「自分にはまだまだ分からないことがある」と認識できれば、新しい方法を探すきっかけになります。
ビジネスの世界でも同じです。
「うちの会社のやり方が一番良い」と思い込んでいては、市場の変化に対応できません。
「もっと良い方法があるかもしれない」という謙虚な姿勢があってこそ、イノベーションは生まれるのです。
このように、「不知の自覚」は決して弱さの表れではありません。
むしろ、それは新しい可能性を切り開く、大きな強さなのです。
そして、それこそがソクラテスが本当に伝えたかったメッセージだったのではないでしょうか。
【参考資料】
「ソクラテスの弁明」(光文社古典新訳文庫)
「哲学の誕生 ソクラテスとは何者か」(ちくま学芸文庫)
なぜピクサーの会議には想像力があるのか(PRESIDENT Online)
『恐れのない組織』の「解説」を公開します。(英治出版オンライン)
世界のエリートが学んでいる 教養書必読100冊を1冊にまとめてみた(KADOKAWAオフィシャルサイト)
納富信留「ソクラテスは何故死刑を受けたのか? (「古くからの告発への弁明」を中心に))」(2016年度学術俯瞰講義「古典は語りかける」第4回)(YouTube)
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※このブログは、神奈川県横浜市にある就労継続支援A型事業所「ほまれの家横浜」の哲太が執筆しました