「無知の知」は誤解? 今こそ学びたいソクラテスの真意
こんにちは。最近、哲学に興味を持ち始めた哲太です。「それって言う必要がありますか?」が口癖のくせ者です。
さて、皆さんは「無知の知」という言葉を聞いたことがありますか?
これは古代ギリシャの哲学者ソクラテスの考え方として、よく引用される言葉です。
でも実は、この解釈には大きな誤解が含まれているんです。
今、私たちはスマートフォンで何でも検索できる時代に生きています。
ChatGPTのような高度なAIも登場し、まるで全知全能の存在のような錯覚すら覚えることがありますよね。
でも、本当の「知」とは何なのでしょうか?
約2400年前、ソクラテスが命がけで追求した「知」の本質から、現代を生きる私たちが学べることがたくさんあるのです。
「知の追求」の始まりとソクラテス

ある日のこと。
古代ギリシャの都市アテナイに住んでいたソクラテスの知人が、デルフォイという神殿を訪れました。
そこで神託を告げる巫女から、思いがけない言葉を聞きます。
「この世でソクラテスより知恵のある人は、誰一人としていない」
もし私たちがこんな評価をもらったら、どう反応するでしょうか?
「やった! 私って天才だったんだ!」と喜んだり、SNSで自慢げにシェアしたくなったりするかもしれません。
でもソクラテスは違いました。彼はむしろ困惑したのです。
「えっ、私に知恵なんてないはずなのに……。でも神様が間違うはずもない。これはきっと、何か深い意味がある問いかけなんだ」
そう考えたソクラテスは、アテナイの街を歩き回って、「自分より賢い人」を探し始めました。
まるで、テレビの街頭インタビューや探偵ドラマのように、さまざまな人に会いに行ったのです。
政治家のところへ行けば、「私は市民のために働いています」と胸を張る人がいました。
詩人は「私の詩は神様からのインスピレーションです」と誇らしげに語り、職人は「この技術は誰にも負けない」と自信満々でした。
でも、ソクラテスが「それはなぜですか?」「その根拠は?」と質問を重ねていくと、誰もが答えに詰まってしまうのです。たとえば、こんな具合です。
「正義って何ですか?」
「それは、正しいことをすることです」
「では、正しいことって何ですか?」
「それは……えーと……正義に従うことです」
まるで、子どもの「どうして?」攻めのように、問答を重ねていくと、誰もが自分の言っていることの本質を説明できなくなってしまいました。
この経験を通じて、ソクラテスは大切な気づきを得ました。
「みんな、自分は知っていると思い込んでいるけれど、実は本質を理解していない。それなら、自分のように『私は知らない』と自覚している方が、まだマシなのかもしれない」
これは現代でも同じですよね。
たとえば、こんな場面を想像してみてください。
会社の経営会議で「SDGsに取り組むべきだ!」と誰かが提案します。
周りも「そうだそうだ」と賛同します。
でも
「なぜSDGsが必要なのか」
「具体的に何をすべきなのか」
と問われると、多くの人は明確な答えを持っていないのではないでしょうか。
ソクラテス流の問答法

ソクラテスが行った対話の方法は、現代では「ソクラテス・メソッド」と呼ばれ、ハーバード大学のビジネススクールでも採用されている手法だそうです。
この方法の特徴は、相手の話をじっくり聞いて、その中にある矛盾や不明確な点を、質問を通じて明らかにしていくことです。たとえば、こんな具合です。
現代に置き換えた問答の例
先輩:「うちの会社はAI導入を進めるべきだよ」
私:「なるほど。AIを導入すると何が良いのでしょうか?」
先輩:「業務効率が上がるに決まってるじゃないか」
私:「具体的にどの業務が、どのくらい効率化されるんでしょうか?」
先輩:「えーと…まあ、データ入力とか…」
私:「現在のデータ入力にかかる時間は把握されていますか?」
先輩:「いや、それは…」
このように、具体的な質問を重ねていくと、相手の主張が実は十分な根拠を持っていないことが見えてきます。
ただし、ソクラテスの目的は相手を困らせることではありませんでした。
むしろ、相手と共に真理を探求することだったのです。
対話から生まれる新しい発見
ソクラテスの対話法の素晴らしい点は、相手を攻撃するのではなく、共に考えを深めていくところにあります。
現代で例えると、こんな感じでしょうか。
上司:「この企画書、いまいちだね」
部下:「そうですか……具体的にどこが?」
上司:「なんとなくパッとしない」
部下:「では、パッとする企画とは、どんな要素を持つものでしょうか?」
上司:「うーん……そうだな……」
このやり取りを通じて、上司も「自分が何を求めているのか」を明確にでき、部下も「上司の期待」を理解できます。
そして二人で、より良い企画を生み出せるかもしれません。
ソクラテス裁判の背景

しかし、このような対話を重ねていくうちに、ソクラテスは多くの敵を作ってしまいます。
特に、自分の無知を指摘された知識人たちの反感は強かったのです。
想像してみてください。
テレビ討論番組で、ベテラン評論家が得意げに持論を展開しています。
すると若手のゲストが「それは具体的にどういう意味ですか?」と質問を重ね、最終的に「つまり、あなたは根拠のない思い込みで話していたんですね」と指摘したら……。
評論家は相当な恥ずかしさと怒りを感じるでしょう。
アテナイでも同じようなことが起きました。
若者たちがソクラテスの真似をして街中で「知識人の無知」を暴き始めたのです。
それは現代で言えば、こんな状況に似ています。
ある有名人が「権威ある専門家の意見に疑問を投げかける」動画をSNSに投稿し、それに影響を受けた若者たちが次々と「専門家の矛盾を指摘してみた」という動画を投稿し始める。
その結果、社会の秩序が乱れ、若者の態度が傲慢になったとして、その有名人が非難される……といった具合です。
実際、当時のアテナイでも、知識人や政治家たちは「ソクラテスのせいで若者たちが傲慢になり、目上の人を敬わなくなった」と主張し、そのことを理由に、ソクラテスを裁判にかけたのでした。
死刑判決を前にしたソクラテスの態度
そして迎えた裁判。約500人の裁判員の前で、ソクラテスは驚くべき態度を取ります。
普通なら「申し訳ありませんでした」と謝罪したり、「今後は若者と関わりません」と約束したりするところです。
でも、ソクラテスは違いました。
むしろ、裁判の場でも「知の追求」を続けたのです。
まるで、こんな感じでしょうか。
裁判員:「お前は若者を堕落させた!」
ソクラテス:「堕落とは、どういう状態を指すのでしょうか?」
裁判員:「無礼な態度を取るようになったということだ!」
ソクラテス:「では、礼儀正しさとは何でしょう? 権威ある人の誤りを指摘しないことでしょうか?」
このように、死刑の可能性がある重大な裁判でさえ、ソクラテスは自分の信念を曲げませんでした。
現代で例えると、会社の重要な会議で上司の間違いを指摘し続けるようなものです。
当然、裁判員たちの心証は悪くなる一方でした。
なぜソクラテスは態度を変えなかったのか?
ソクラテスにとって大切だったのは、「知の追求」を続けることでした。
彼はこう考えていたのです。
「もし私が死刑を免れるために『知の追求は間違いでした』と認めれば、それこそが本当の『害』です。でも、知の追求を続けて死刑になっても、私は何の害も受けません。なぜなら、私は正しいことをしているだけだからです」
これは現代の私たちにも重要なメッセージを投げかけています。
たとえば、会社で不正を見つけた時、「出世に響くから黙っていよう」と考えるのか、それとも「たとえ不利益を被っても正しいことを指摘しよう」と考えるのか。
ソクラテスなら間違いなく後者を選ぶでしょう。
死を前にしたソクラテスの姿勢
最終的に、ソクラテスには死刑判決が下されました。
弟子たちは「先生、牢屋から逃げましょう!」と提案しましたが、ソクラテスはそれも拒否したのです。
なぜでしょうか?
それは、ソクラテスが「死」についても、同じ姿勢を貫いていたからです。
「私は死後の世界のことを知りません。だから、死を恐れる理由もありません。死を恐れることは、知らないことを『知っている』と思い込むことです。それこそが、最も恥ずべき無知なのです」
これは私たちにも深い示唆を与えます。
たとえば、こんな状況を考えてみましょう。
会社で新しいプロジェクトを任されたとき、「失敗したらどうしよう」と不安になります。
でも、その不安は「まだ起きていない未来のこと」を「必ず失敗する」と決めつけているだけかもしれません。
まとめ ~ソクラテスから学ぶ現代の知恵~

ソクラテスの死後、アテナイの街では「あの裁判は本当に正しかったのか?」という議論が巻き起こりました。
そして、弟子のプラトンを含む多くの人々が、ソクラテスとの対話を書き記し始めました。
その数は200から300にも及び、後に「ソクラテス文学」と呼ばれるようになりました。
ソクラテスが残した最大の教訓は、「知らないことを知らないと認識すること」の大切さといわれています。
これは現代でも非常に重要な考え方です。
たとえば、SNSでさまざまな情報が飛び交う今、「これは本当に正しい情報なのか?」と立ち止まって考えることは、とても大切です。
また、職場での「当たり前」とされていることに対しても、「なぜそうするのか?」と問いかけることで、より良い方法が見つかるかもしれません。
ソクラテスが命をかけて守った「知の追求」の姿勢は、2400年の時を超えて、私たちに大切なメッセージを伝え続けているのです。
【参考資料】
「ソクラテスの弁明」(光文社古典新訳文庫)
「哲学の誕生 ソクラテスとは何者か」(ちくま学芸文庫)
「教養として学んでおきたい哲学」(マイナビ新書)
世界のエリートが学んでいる 教養書必読100冊を1冊にまとめてみた(KADOKAWAオフィシャルサイト)
納富信留「ソクラテスは何故死刑を受けたのか? (「古くからの告発への弁明」を中心に))」(2016年度学術俯瞰講義「古典は語りかける」第4回)(YouTube)
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※このブログは、神奈川県横浜市にある就労継続支援A型事業所「ほまれの家横浜」の哲太が執筆しました