もしも娘が「なぜ格差は存在するの?」と尋ねてきたら
おーはようございまーす!
神奈川県横浜市にある就労継続支援A型事業所「ほまれの家横浜」Webチームのオッサーです。
今回は、最近読んだ本の紹介をしようと思います。
その前に、ちょっと昔話。
実はこのオッサー、30年ぐらい前に演劇を見ることにハマっていまして。
大学生の頃だったかな、そのころに観劇した、善人会議(現在は扉座)という劇団の「ジプシー~千の輪の切り株の上の物語~」という演目を、これから紹介する本を読んだ際に思い出しました。
この「ジプシー」というお話。
主人公は、借金をして何十年ものローンでマンションを買った若い夫婦。
夫は「ここは俺の城だ」みたいなことを興奮気味に言っちゃったりして。
そんなふうにイキっている夫を、少し冷めた目で見ている妻がいて。
当時は、そんな時代だったんですよね。
一国一城の主みたいな感覚でしょうか。
で、マンションの完成を待ちきれず、建築中の自分たちの部屋に忍び込んでみると、その部屋にはすでに、ジプシーの大家族が住み着いていて……。
という設定で始まるお話でした。
今でいうと異世界転生もの……みたいな雰囲気?
厳密には転生ではないかもですが、まあ、異世界からやってきたわけのわからない大家族が先に住み着いていたというわけです。
異世界からやってきたこのジプシーたちは、コンビニに行っても、お金を払わずに戻ってきてしまいます。
なぜなら、そこには、採集しても誰にも迷惑かけないほど豊富にモノがあったから。
「全部は取らずにちゃんと残してきた」「必要な分だけ取ってきた」という彼らの論理は、木になっている果実を全部は収穫せずに、後から来る誰かのために残しておいた……という論理なんですね。
まさに「持続可能な」「採集経済」。
狩猟・採集を主とする生き方で、食糧生産経済である農耕・牧畜経済とは異なる生業を営む人々。
だからといって、そこにあるものすべてを独占するわけではない。
現代の感覚だと、万引きや窃盗の類なので、困惑しちゃいますよね。
そんな大家族が、決して裕福とは言えないけれど、値段という概念のない世界で、家族で協力し合いながら生きていく。
突如現れた謎の人々のありようが、若い夫婦の心を次第に変えていく。
青い空も吹き抜ける風も、まだ、値段がついていないものはあったな……なんてことを思い出させてくれる、そんなお話だったような記憶があります。
ちょっと昔話が長くなりました。
今回は、
「父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。」
という本を読んだ、オッサーなりの感想を書いていきたいと思います。
どうして世の中には格差があるの?
著者は、アテネ生まれのヤニス・バルファキスという経済学者。
2015年、ギリシャの経済危機の際に財務大臣に就任し、EUから財政緊縮政策を迫られる中、大幅な債務帳消しを主張して、世界的に話題になった人物です。
この本を執筆したのは、娘の「どうして世の中にはこんなに格差があるの?」という、ふとした疑問に向けて応えようとしたのがきっかけとか。
わざわざタイトルに「父が娘に語る」と入れている辺りから、娘への愛情と、この本の読者になるであろう全世界の若者への熱い思いを、読み取ることができます。
で、「どうして世の中にはこんなに格差があるの?」ですが。
2020年のある調査では、世界で最も裕福な男性の富の合計は、アフリカのすべての女性の富よりも大きいとの報告もあります。
【参考】
世界の最富裕層2153人、最貧困層46億人よりも多くの財産を保有 オックスファム(AFP BB News)
このような資料などからも、一部の富裕層が富を占有している状況にあると考えてよいでしょう。
なぜこういうシステムが出来上がってしまったのか。
父は娘にこんな話をします。
- 1万2千年前、人類が農耕を始めたことで、農作物の「余剰」ができ、「経済」が生まれた。
- 余剰を記録するための「文字」と、余剰を取引するための「通貨」が誕生した。
- 支配階級に富が集まって、「格差」ができた。
そんな中、世界規模での貿易が拡大。
- 特に毛織物の需要が増え、その原料の羊毛が高騰。
- 領主が羊毛の生産に転換し、農地を牧草地にして利益を上げようとした結果、
- これまでの農地が羊の飼育のために奪われ、多くの農奴が路頭に迷うことに。
その結果、これまでの農奴の労働力は「商品」として市場で価値を持つようになります。
さらに、ジェームス・ワットが蒸気機関を発明し、産業革命が起きると、「労働市場」というものが誕生しました。
産業革命とは、18世紀後半にイギリスで起こった技術革新に伴う諸改革のこと。
多くの工場労働者を生み出しました。
- あちこちに工場が作られ、労働者は昼夜を問わず働かされ、
- 労働者の中には10歳の子どもや妊婦までいた。
- 他にも、アフリカから奴隷として多くの人々が拉致されることに。
「労働力」が、お金で売買できる価値に変換したことで、利益を追求する使用者と、使われる側の労働者の間に、想像を絶する貧富の差が生まれました。
……というような経済誕生から発展までの歴史を、オッサーが説明するよりもはるかにわかりやすく読みやすい文章で、神話や寓話の例を挙げながら、この本では説明してくれています。
そんな歴史を解説する一方で著者・バルファキス氏は、こうも主張します。
「お金がなくて満足に食べることもできない子どもがいるなんて」と嘆く一方で、貧しい子たちを心配しながら、私たちはスマホを持っていることも家があることも当たり前だと思っている。
人は、何かを持っていると、それを当然の権利だと思ってしまう。
自分たちの豊かさが、誰かから奪った結果かもしれないとは思わない……と。
社会が発展してもみんなが幸せになるとは限らない
著者・バルファキス氏は、以下のようなことも主張します。
この先、格差や貧困はなくなるだろうか。
現状では、世界は逆の方向に向かっていると言わざるを得ない……と。
子どもを鎖でつないで働かせるようなことはなくなったが、企業はイノベーションによる競争を強いられ、今では私たちのほとんどがテクノロジーに縛りつけられているというのが現状。
便利な機械を使っているつもりが、いつの間にか機械に支配されているのかも知れない……と。
この本の中では、「機械」を自動化すればするほど苦しくなるという矛盾について、フランケンシュタインの話や、映画「マトリックス」の例などを挙げて、わかりやすく書かれています。
フランケンシュタインの話について、ちょっとだけ解説を。
死者の体に新しい生命を吹き込むことができるのではないかと考えた科学者ヴィクター・フランケンシュタインは、収集した死体の部品を組み立てて、電機という魔法の力で命を吹き込み、新たな生命を生み出します。
しかし、彼が作り出した生命は怪物となり、ヴィクターはその怪物に怖れを感じ逃げ出します。
怪物は孤独で、人間と同じように生きたいと願います。
しかし、外見が恐ろしいため、村人たちから拒絶されます。
怪物は次第に孤独と苦しみにさいなまれ、人間を恨むようになり、最後は人間に復讐しまくる怪物になりました。
というようなお話。
人間が生み出した生命に、人間が復讐されるという矛盾。
そういえば映画「ターミネーター」では、機械が地球を乗っ取ることをもくろんで、人類を根絶やしにしようとしていましたよね。
映画「マトリックス」についても説明しましょう。
映画「マトリックス」は、1999年にアメリカで製作されたSFアクション映画です。
この映画では、すでに機械に乗っ取られた人間が特殊な容器の中で、エネルギー源としてのみ生かされている世界が描かれてました。
人々は、コンピューターが作り出した仮想現実の世界の中で、作り物の人生を送っているけれど、そのことに気づいている人間はほとんどいない。
映画「マトリックス」は、そんな世界でのお話でした。
◆ ◆ ◆
19世紀の革命思想家、カール・マルクスは、
生産手段の中でも労働手段、つまり、機械や装置は人間に服従を強いる
と書いたそうです。
これまで、さまざまなテクノロジーが登場し、人間の労働力はテクノロジーにとってかわられてきました。
たしかに、便利な世の中にはなりました。
携帯電話やスマートフォン(以下、スマホ)の普及のおかげで、好きな時に好きな相手に連絡が取れるようになりました。
一方で、スマホに何かの通知が届けば、誰かとの会話中でも仕事中でも気になって、仕方がありません。
現代の日本では、20代の約6割がスマホ依存症を自覚してるという統計もあります。
【参考】
20代は6割が「スマホ依存症」自覚 老眼世代の50代は7割以上が「目に疲れ」(IT media NEWS)
便利な世の中になる一方で、「リモートハラスメント」「つながらない権利」なんて言葉も最近では見聞きします。
社会が発展してもテクノロジーが進化しても、みんながみんな、幸せになるとは限らないという一例かもしれません。
【参考】
テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(厚生労働省)
便利な機械を利用しているようで、実は便利な機械に服従させられている。
ロボット掃除機が掃除しやすいように、掃除しやすい部屋を作らなければならない矛盾。
ここ数年の間に、AIが加速度的に進化していますね。
工場のみならず、さまざまな分野での自動化が進んでいます。
自動化が抱えている矛盾や問題。
皆さまは考えたことがありますか?
経済危機が起こる仕組み
そんな問題を、バルファキス氏はわかりやすく解説してくれています。
その問題は、3つの力がモノの価格を押し下げ、賃金が上がらなくなるという問題です。
- まずは、「自動化」でコストが下がる。
↓
- コストが下がっても製造企業同士の過酷な「競争」によって価格が抑えられる。
- つまり、利益が最低限にとどまる。
↓
- 工場で働くロボットは、製造には役立っても製品を買ってくれない。
- 人間は機械に仕事を奪われたままだから「需要」が下がる。
↓
- こうなると経済の循環が止まり、市場社会は崩壊してしまう。
- 企業が次々に倒産し、経済危機が起こる。
この問題に対して、かつてギリシャの経済危機の際に財務大臣に就任し、この問題と格闘したバルファキス氏は、熱く語ります。
機械と違って人間を雇えば、人間はお金を循環させ、他の製品を買うことができる……と。
人間性の喪失や労働力の安売りに抗う力が、人間にはあるということ。
それが現実における希望だ……と。
なぜこんな格差が生まれてしまったのか。
なぜ世の中すべてが金銭的価値に置き換えられるようになってしまったのか。
世界を本当に公正なあるべき姿にするために考えて欲しい……と。
本当に人間が機械に支配される世の中になってしまわないように、
経済を身近に感じて、自分の頭で考えてほしい……と。
これらのバルファキス氏の主張には、「父が娘に語る」以上の熱量を、オッサーは感じました。
そして、30年ほど前にみた演劇を思い出しました。
今でもまだ、青い空とか吹き抜ける風とか、値段のついていないものはあったなと。
今回は以上です。
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